えび茶ゾーン

2014年6月9日

第917回

 先日、学生の言葉から、自分が境界線の向こうの「昭和」に位置付けられていることを知った。昭和の東京で成人した私には、平成に移る当時の情景のなかに、時代の境界があったような、あくまで連続した時系列だったような、実に曖昧である。

 未曽有の大震災と原発事故の後、私たちは節電という大きな課題に直面した。輪番停電や工場の深夜稼働の実施と、余剰電力はあるという主張との狭間で、各人に認知的不協和が生じた。不協和を解消する選択肢のなかで、私は極端な部類を実行してみようと思った。

 子どもの頃はエアコンとは言わず、「クーラー」だった。その名の大きな箱は茶の間に鎮座していた。夏の蒸し暑い日、しかも家族の中に特別の機運が高まったときにだけ、そのスイッチが押される。クーラーの威力は凄かった。ただし特別の日は滅多になく、普段はせいぜい祖母に連れられていく銀行のクーラーで涼を取るのが贅沢だった。

 震災直後、夜の早稲田通りで街の灯が半減した。不謹慎にも、ドイツの静寂な街並みを想起し、ある種の心地良さすら感じた。あれ以来、自宅ではエアコンのプラグを抜いている。夏でも窓を通り抜ける風が心地良いことを改めて知ったし、扇風機があれば事足りる。適応はその気になればできるものだ。

 行動は様々に転移するようだ。大学でもトイレの電気は必ず消すし、ゴミの分別もやけに気になるようになった。身近な環境問題に目を少し向けてみてはいかがだろうか。こういう感覚が昭和なんだろうか。(ぎ)