えび茶ゾーン

2014年11月10日

第928回

 学業に対する姿勢を考えてみよう。学業は強制されるものではなく、各自の責任と努力で進めるものである。言われたことの最低限をこなすだけでは本末転倒である。

 学問にはいくつかの段階がある。まず、確立した考え方を理解して“模倣”する段階である。「学ぶ」の語源は「まねぶ(まねをする)」であるという。基本を理解してまねしてみる。講義はこの段階に相当し、模範解答も存在する。次の段階は“応用”である。さらに、未解決の課題や新規のデータ・題材を取り扱う“研究”の段階に入る。自分の考えを他人に“説明”する練習も重要となる。

 実社会で評価されるのは、情報や状況を正しく理解して問題に対処する力だろう。上述の各段階の経験は、将来の糧にもなろう。大学での学びには場数を踏む機会が多く、最低限だけこなして過ごすのはもったいない。知識・経験・能力を伸ばすのは、本人次第である。

 私が受け持つ講義にも特徴ある学生が多く面白いが、文章の内容や人の話を正しく理解できない者もいる。読み間違え、都合よい解釈、独善的な主張を繰り返すと信用を失うだろう。また、短絡的に模範解答を求める者もいるが、まず自分で調べて考えよう。隠れた努力を厭(いと)う者もいるが、地道な努力は無駄ではない。作業を地道にこなせば、自信にもなるだろう。失敗してもすぐに投げ出さないことが大切である。研究では、1回でうまくいくことの方が少ないのである。本稿が、学業への接し方を再考する機会になれば幸いである。(M.)