えび茶ゾーン

2014年11月24日

第930回

 同窓、坂井義則君が物故された。現在、坂井君のことを知る人はそんなに多くはないだろう。しかし、50年前の早稲田では、新聞などマスコミによく登場し、最もよく知られた学生の一人だった。

 私は、1964年10月10日、国立競技場で行われた東京オリンピック開会式の一観衆だった。あれから50年を経たことになる。坂井君は、このオリンピックの聖火リレーの最終ランナーだった。

 私は、聖火台を駆け上がり、スックと立ってトーチの灯を聖火台に点火した彼の姿が忘れられない。彼も私も早稲田の1年生だった。高校時代、私も陸上競技をやっていたので、親近感を覚えていた。

 先の東京オリンピックのときは、早稲田大学の記念会堂でフェンシング競技が行われたため、前後2週間の臨時休業となり、他大学の友人たちをうらやましがらせたものだった。

 そうしたわれら1964年度入学生の多くは、来年、古希を迎える。早稲田大学の教員としては、来年度中に定年になる。先の東京オリンピック以来、多くの出来事を眺めてきたことになる。

 2年後のリオデジャネイロオリンピック、6年後の東京オリンピックでは、早稲田関係の諸君はどのような活躍をするのだろうか。また、オリンピックを取り巻く国際環境は、どのように変化しているであろうか。一面楽しみではあるが、逆に、戦々恐々としてもいる。 (Y.S)