えび茶ゾーン

2014年12月1日

第931回

 お金を払う側がお金を受け取る側よりも必ずしも偉いわけではないだろう。商取引の際でも恩恵を与え合っているという点では本来双方は「対等」なはずである。しかしここ数ヶ月、研究のため欧州のある街で生活をしてみて思うのは、この一見常識的に思える事柄が実は私達にとって根底ではそう思われていないのではないかということである。というのもこの街では日本やアメリカやドイツ以上に売る側と買う側が「対等」なものとして見なされているが、実際にそのような振る舞い方をされると私達の多くは当惑してしまうのである。例えばカフェで店員を呼んでも運がよくなければすぐには来てくれない。他の接客をしているという理由の時もあれば、仲間の店員と話し込んでいる、サッカーの試合を見ている、「今、考えごとをしている」という時もあった。「店員は客の奴隷ではない」というのもその理由の一つであるようである。その対応の是非はともかくとして問題にしたいのはそうした際に私達の多くが「こっちは金を払う側なのに」といった反応を反射的にしてしまうことである。金銭の問題を絡めずに「その対応は人としてどうなのか」というような問い方だって可能なはずであるが殆どの人はほぼ間違いなく「金を払う側かどうか」という基準を知らず知らずのうちに導入してしまう。確かに店員がすぐに対応してくれないことは不便ではあるが、金銭を軸とした思考に無自覚に偏ってしまうことはそれよりもより恐ろしいことではないだろうか。 (A.T.)