えび茶ゾーン

2015年4月27日

第938回

 

必要以上に自分を責める人がいる。必要以上に他人を責める人がいる。足して二で割れば平和なのにと思う。

 

 ところが、論文を書くとなると、大半の学生が「他人の説を批判して、自分の説を主張する」のが正しいと思っている。いや、大筋では間違っていないのだが、でもやはり何かが足りない。

 

 相手はA説を主張している。自分はB説を主張したい。このとき、いきなり「A説を批判して、B説を擁護する」のはうまいやり方ではない。その前に「A説を批判する議論Pを考え、Pを退ける議論Qを考える」必要がある。こうして、敵(A)をQによって補強してやり、敵の敵、すなわち味方(P)をやっつけることができるかどうかを限界まで突き詰めて考えるのである。

 

 この一人二役を実際に行っている高名な哲学者の著作を読んだとき、ゼミ長を任せている学生が「どうしてわざわざ敵に塩を送って味方をやっつける必要があるんですか?」と尋ねてきた。「だって、A説のバージョンアップでうまくいくなら、わざわざB説を唱える理由はないでしょ?B説を唱えてよいのは、A説を最大限バージョンアップしてもダメだということが示せた場合だけです。そこまでのことを正直に論じるだけでもそれなりにしっかりした論文になりますよ。

 

 これは普段から他人を尊重して自分を責める習慣を持つべきだということではない。普段の生活については、アインシュタインが言ったという「どうして自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要なときに責めてくれるんだから、いいじゃないですか」という言葉が、私は好きだ。(T.S.)