えび茶ゾーン

2015年6月1日

第942回

 

 学術的な研究を進めていると、細かく切り分けられた現象のパーツの中にどんどん潜り込んでいって、原型に戻るのに手間取ることがある。原理的な研究をしているのなら潜り込んだままでいいのだろうが、世の多くの研究者は時たまいや応なく原型に引き戻されて、誰にでも見える世界への適用を要求される。これは時に面倒くさいし、たいていは面白くもない。

 

 筆者は経済学者だが、唐突に、金融政策の望ましい出口戦略だとか、イノベーションを促進する方策だとか、正直知るもんかと思うようなことに発言を求められる。こういうとき、気持ちはとってもアンビバレントだ。自分がよって立つ学問に誠実であれば、不明もしくは条件付きの答えにならざるを得ないことが多いのだが、あまりそんな回答が続くと、役立たずだなあと思われかねない。かと言って、明快な答えを出せない理由を長々説明したところで、ああもういいですと打ち切られるのが関の山だ。

 

 メディアに出てしゃべっている学者の偉いところはこの辺りにある。力点をうまく割り振って、微妙な論点はあえて無視しながらも、全体としてさほど学問を裏切らずに分かりやすい言葉を紡ぐ。才能なのか訓練なのか知らないが、容易にできることではない。テレビでコメントしている学者を見掛けたら、彼らも苦労しているんだな、という目で見てあげてほしい。ただ、時に学問的背景など一切無視した人も混ざるので、その点は注意されたし。見分けるには、多分、自分が勉強するしかない。(K)