えび茶ゾーン

2015年6月8日

第943回

 

 筆者(着任8年)が年々老いるせいかもしれないが、なぜ自身が学ぶのかを理解できていない学生の割合が増え続けているように思える。学生たちには、「何を極めたいのか」だけではなく、それを「どうやって追究するのか・究めるのか」を考えてほしい。そのためには、究め続けている研究者を見つけ、彼らの様態を捉える必要がある。学生たちは授業料を払っている故、積極的にその研究者をつかまえて質問や議論をしてほしい。こんなことを書いたら「余計な仕事を増やすな!」と他教員に怒られてしまいそうだが、究め続ける研究者には学生が来ることを待っている人が多いはずである。筆者は、失敗や方法論は諸先輩に、新しい視点は後輩や学生から学ぶことを意識している。意欲ある学生と話すことは筆者にも価値があるし、価値を見つけられないことはないと考えている。ところで過日、ある車内にて研究室に配属されていない学生らが筆者の近距離で(私を知らずに?実は意識してか?)「○○先生は授業の話が古いし、研究やってないよな」と会話していた。教員にとっては刺激的な会話である。その指摘が間違っていたとしても、究める研究者についての学生会話に少し安心した自分がいた。

 

 蓋(けだ)し、大学教育の本質とは、教員や学生自身が何かを究めるプロセスや究めるための方法論を通じて学びを深め合うことにある。筆者は退職まであと30年あるが、学生からの刺激を待ちつつ、この価値観がどのように変わっているのかを楽しみにしている。(MS)