えび茶ゾーン

2015年7月20日

第949回

 

 “キョウドウ”と聞いて、すぐに思い浮かぶ熟語は何か。2人以上の者が力を合わせる、同じことする「共同」か、心と力を合わせ、助け合って物事を行う「協同」か、お互いに役割を分担し、協力して働く「協働」か、はたまた、教え導くの「教導」か、それとも…。

 

 「協働」をキーワードにインターネット検索を行えば、「市民と行政との協働」や「市民協働」といった表現が、地方公共団体が立ち上げているWebサイトの関係URLとともに、たちどころに目に飛び込んでくる。さまざまな場面で“協働”の言葉がよく使われ、かつ、それもすでに久しくなった。と同時に、“協働疲れ”なる症状も出始めているとのことだ。これはなぜか。学生生活の中でも、ゼミでの報告の場面ではゼミ仲間との“協働”が不可欠だろうが、そこでは“協働疲れ”は出ていないか。

 

 “協働”には、お互いの気心までよく分かり合うこと、分かり合っていることが不可欠だと思う。しかし、「市民と行政との協働」ではそこまでは無理だ。けれども、ゼミならば、コンパや合宿あるいは旅行の機会が結構あって、それも不可能ではない。仲間と寝食を共にする、同じものを鑑賞するといった素朴な“共同”がそのための重要な契機となるはずだからだ。各種の課題に1人で立ち向かうこと、さらにはそれを解決することは容易ではない。“協働”の難しさはあるにせよ、その大切さを知り、将来に向けて多くの素朴な“共同”を学生生活の中で積み上げていってもらいたい。(T)