えび茶ゾーン

2015年11月23日

第956回

 

 文科省が国立大学に、「教員養成系や人文社会科学系学部・大学院は、組織の廃止や社会的要請の高い分野に転換する」ことを求める通知を発して物議を醸した。社会の需要に対応した人材の育成を求めていたようだが、要するに「今、役に立つ」実用の学問をということのようだ。

 

 結果を求められないのを良いことに浅薄な文系の授業が多過ぎないか。解釈や批判に終始し、果実を生み出さない研究が多過ぎないか。まずは結果の見える自然科学系の研究・教育を強化する方向にかじを切るべきではないか、という議論。それは本当なのか。

 

 地面に立っている人間が必要とする面積は、わずかに両足形ほどの面積にすぎない。では足形以外の地面が下方数十メートルまで深く削り除かれていたらどうか。足がすくんで立っていられない。必要がないと思われた隣接する地面が実は私たちを立たせてくれているのだ。「無用の用」といわれる賢人の知恵(荘子)である。

 

 昭和30年代に受けた教育を振り返るとき、小学校時代の教室のにぎやかさが、ひときわ輝いて思い出される。職業や貧富のさまざまな家庭から集まった個性豊かな子どもたちが冗談を言い、いたずらをしながら教室の内外を遊び回る。子どもたちの多様性が教室に活気を与えていた。彼らは偏差値で選別されて進学し、あるいは社会に出てそれぞれの職業を通して社会に貢献してきたことだろう。この世に役に立たない人などいない。

 

 学術分野が狭く細分化して来る中、異分野との交流が重視されてきた。文理兼備が不変の王道である。(F.S.)