早大生が行く(旧「現場レポート」)

2012年12月6日

  • ▲早稲田文化芸術週間の一環として10月17日に大隈講堂で上演された新作現代能『骨の夢』

  • ▲舞台の全景

  • ▲出演者のカーテンコール

早稲田文化芸術週間
新作現代能『骨の夢』を観て
「いづれの花か、散らで残るべき。
散るゆゑによりて、咲く頃あればめづらしきなり。」


国際教養学部1年 吉川  大介



 「どんな花が、散らずにいつまでも咲いているのだろうか。そんなことはあり得まい。散るからこそ、咲いたときにはめずらしさを感じるのである。※」世阿弥は能の美しさや魅力を“花”と呼び、散りゆく花に感じるような悲しみを描写することで能の美を表現しました。

 「早稲田文化芸術週間2012」の一環として(10月17日に)大隈講堂で上演されたTheatre Project Siの新作現代能『骨の夢』は、ノーベル文学賞を受賞したアイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェイツの作品『The Dreaming of the Bones』を翻案したものです。愛のために祖国アイルランドをイングランドに売り渡した二人の恋人の姿を、今回の作品では琉球の恋人たちに置き換えて創作されています。死後も成仏できずにつらく長い日々を過ごしていた二人の亡霊が琉球の使者に許しを乞うという物語です。

 この作品は新作現代能ということで、古典芸能としての能の枠組みを超えてアレンジされています。能のシテ方(主役)の他に狂言方、そしてオペラ歌手が登場人物を演じ、囃方(伴奏担当)は四拍子の代わりに尺八と琴を使うなど、西洋と日本の文化や芸能を融合させた作品です。日本の能に影響されたといわれるイェイツの作品が、時を超えて新作現代能として生まれ変わったのです。

 これまで私は、能はどことなく難しくて、初心者にはハードルが高い印象を持っていましたが今回の体験を通じてその考え方は大きく変わりました。まるで能・狂言・オペラを同時に観ているような感覚で、それぞれの特徴と違いが感じられました。悲しみの表現の仕方一つとっても、声の張りや抑揚、表情と手の動きなど、形式は違えども、その悲しみの深さがひしひしと伝わってきました。観阿弥と世阿弥が親子二代で大成した日本の伝統芸“能”。彼らの追い続けた“花”とは一体どんなものであったのかを身体全体で感じることのできた1日でした。
※世阿弥、竹本幹夫(訳注) 『風姿花伝・三道』
 (角川文庫 2009年9月25日)