えび茶ゾーン

2013年11月4日

第901回

 90年代、中国北京の大学へ留学した際、さまざまな「普通」の人と出会った。忘れ難い一人として、留学生宿舎の宿直のおじさんがいる。会社を退職した白髪の穏やかな人で、夕方になるとお弁当を持って自転車で出勤してきて、私たちと雑談を交わした。かつて八路軍に参加して日本軍と戦ったことがある、と人づてに聞いたが、戦争の話は一切せず、日本人にも親切だった。脳梗塞で倒れた後も、震える手で手紙の返事を書いてくれた。

 街に出て、日本人としてどきりとすることもあった。タクシーに乗るとほとんどの運転手が知っている日本語「ミシミシ」「バカヤロ」を得意げに披露してくれた。いずれも有名な抗日映画で中国人演じる悪役の日本兵のせりふであり、「ミシミシ」という不思議な語は、「メシ」(飯)が訛ったものである。これは、私たちがフランス人に対して「ボンジュール」「カフェオレ」と単語を並べるのとさほど変わらない。しかし、中国では、日中の摩擦と交流の歴史が人々の日常生活の中で時にコミカルな形へ姿を変え、息づいていることを知った。

 今日、中国社会は大きく変化し、日中関係は領土関係を抱えて揺れている。だが、中国で出会った多くの人との思い出の厚みとその地を自分の足で歩き回った経験は、教学と研究、そして人生において何物にも代えがたい財産として私を支えている。情報が溢れ、情報で武装し、「普通」の姿が見えにくい時期こそ、中国に限らず、現地に身を置き、人々の生きざまに目を向け、外の世界の多様な厚みを把握することを勧めたい (M・N)